昭和28年カリフォルニアのロングビーチで開催されたミスーユニバース世界大会において、第3位の栄冠に輝いたのは抜群のプロポーションを誇る日本人でした。彼女の名前は伊藤絹子。敗戦国の国民としてアメリカンビューティヘの劣等感を持ち続けていた当時の日本人にとって、彼女の八頭身美人というバランスは戦後の終焉を感じさせる奇跡だったに違いありません。戦後初めてのモデルクラブは昭和27年「東京ファッションモデルクラブ」に端を発します。伊東絹子もこの第1期生でした。同期には香山佳子というモデルがいます。彼女はまさに和製オードリー・ヘップバーンといっても過言ではない風貌です。アメリカ的なバタ臭さと吸かさを強烈に印象づけた“高嶺の花”的な美人モデルです。彼女達よりはずっと後輩になりますが、黒田清子に代表される“お仕立て服”のクチュール令嬢期のモデル達には高貴さとエレガンスが漂っています。黒田さんなんて今お会いしても本当に素敵なマダムです。