お寺でもそうだ。中国では寺院の堂塔の上層は、一種の展望台として眺望をうる、という要素がつよかったが、日本では、ただ下からみあげるためだけのものであった。そのいちばん象徴的なものは、法隆寺の金堂である。これは日本でもっとも古い建築物であるが、見かけは二層の堂屋になっているのに、じっさいには二階の床板がないのである。これでは二階だてといっても、ただ外から眺めるためだけのものである。お寺の各種の塔にいたっては、これは完全にモニュメントの一種の視覚芸術品であって、とうてい上からの眺望をたのしんだりするようなしろものではない。
[関連情報]
栗東の賃貸
栗東の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートは ...
http://suumo.jp/chintai/shiga/ek_2420_ritto/
平塚の賃貸マンション
平塚の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートは ...
http://suumo.jp/chintai/kanagawa/ek_0160_hiratsuka/
三田の賃貸
三田の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートは ...
http://suumo.jp/chintai/tokyo/ek_0055_mita/
高崎の賃貸マンション
高崎の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートは ...
http://suumo.jp/chintai/gumma/ek_0405_takasaki/
興福寺の五重塔でも、内部はいわば階段室だけで居室はなく、薬師寺の東塔にいたっては、上にあがる階段すらない。とすると、住宅にかぎらず、日本建築には、のちにのべる二、三の例外をのぞいて、住むにあたいする「二階」というものがなかったのである。極言すれば、日本建築は、その発生から明治のころまで、大部分、平家だての建築構造に終始してきたといっていい。これは、いまでも多くの世界の観光客をあつめる、すぐれた建築文化遺産をもった国としては、まことにふしぎな現象であるといえる。