大学受験勉強をしなくてすむのは、「バラ色の青春」か?

2011-06-24

アメリカでは、日本の高校生にあたるハイ・スクールの時期に、をしないですむ環境にある。州立大学など公立の大学の大部分は、ハイ・スクールを卒業すれば無試験で入れるから、とくに大学受験勉強をする必要はないのだ。ただ、アイビー・リーグ(ハーバード大学、イェール大学など)と呼ばれる私立の名門大学などでは、かなり厳しい入学試験がある。しかし、授業料がバカ高いこともあって、事実上中流以上の金持ちしか受けられない。また、同窓生の有力者や寄付のスポンサーの推薦もかなり幅を利かせている。ちなみに、ブッシュ大統領は親子ともイェール大学出身の肩書を持っているが、ともに親のコネ(親のほうの父親はテキサスの石油商)で入ったといわれている。父親のほうは演説の原稿もまともに書けないと、公然といわれていた。最近は多少厳しくなっているが(このあたりの事情は拙著『学力崩壊』〈PHP文庫〉を参照してほしい)、ほとんどの人が大学受験勉強をしなくてもすんでいたアメリカでは、思春期に、外から目標や課題を与えられていなかった。「自律」や「個人」を重んじる文化ということもあるが、自我心理学の発達モデルの影響をかなり受けている。つまり、思春期は、自分を確立するまでのモラトリアムの時期であると考え、外から枠をはめず、目標も自分で探させる。試行錯誤しながら悩み、ときにはワルいこともやって、いずれしっかりとした自我が確立するというモデルである。ところが、私が見たアメリカ社会の現実はといえば、思春期に外から課題を与えないことで、理論通りのいい結果が出ているとは思えなかった。