そんな中、ある日私にひとつの「考え」がひらめきました。それは従来の化粧品に対する考え方とはまったく逆の発想でした。私たちはふつう、化粧品とは、「きれいになるためにつけるもの」というとらえ方をしています。しかし、製品の安全上、肌にとっては好ましくないものでも、加えなければならない成分もあります。ですから、化粧‐川とはつきつめれば、肌にとっては。異物〃でしかないのです。本当にきれいになるためには、化粧品をつけること、塗ることをやめることです。とはいえ、私たち女性にとって、お化粧は必要なものです。お化粧をしてきれいにして出かけたい、きれいになった、元気に見える、そう思えるだけで、どれほど心が華やぐことでしょう。それに、紫外線やホコリから肌を守ったり、足りない水分を袖う必要があります。そこで私は気づいたのです。化粧品をつけてもいい。そのかわり、その日のうちに、きれいに洗い流してしまえばいいのだと。「つければきれいになる」から「洗い流してきれいになる」へ。これこそが、私か四半世紀にわたって唱え続けてきた「洗い続ける素肌美容法」の原点だったのです。原材料を厳選し、いかに良心的につくっても、化粧品は肌にとっては皿ハ物です。それでも女性はお化粧をしたいし、エチケットとして求められるときもあります。だからこそ、正しい洗顔方法でしっかりと落さなければならないのです。自らの化粧品を「Wハ物」だと言ってのける化粧品会社など、考えられないことかもしれません。しかしこれが、悲しみ悩み苦しみ、紆余曲折の末に私かつかんだ化粧品の「真実」なのです。